むし歯も歯周病も原因菌がいなければ起こらないという面では感染症といえます。(ただし、多因子の疾患ですが・・・)
医科における感染症対策としては、下記のスライドのように、病原細菌に対しては抗生剤、宿主の抵抗力をあげるためにはワクチン(いわゆる予防接種)ということになります。これは、体内(血管内)においては、病原細菌がばらばらになっているためにできる戦略になります。
ところが、むし歯と歯周病のような口腔の感染症はそうはいきません。
病原細菌は歯の面にくっついています。これが、皮膚や頭皮であれば、2週間かけて、その表面の細胞はあかやフケとなってはがれ落ちますが、歯面には、こうしたターンオーバーによって歯の表面がはがれ落ちるしくみはないため、病原細菌は層をなして集団でかたまっていきます。(バイオフィルム。下記に模式図)そして、細菌同士は互いに会話をしています。(クォーラムセンシング)たとえば、いま宿主は体調が悪いから、われわれ細菌が増えるチャンスだからみんなで増えようとかです。
そうして、細菌同士が連絡を取り、お互いにとって害となる抗生剤などに抵抗するため、ばらばらの時なら殺せる量の600倍の濃度にしないと抗生剤が効きません。しかし、こんな濃度では人間のほうに副作用がでてしまいます。
ですから、むし歯や歯周病を薬で治すことが出来ないのです。したがって、歯科疾患の病原菌に対して唯一有効な治療法は、定期的に歯面のプラークバイオフィルムを破壊し除去することになります。
それは、患者さんがご家庭で行う歯ブラシやフロスであり、歯科衛生士が診療所で行うPMTC(下記模式図)やデブライドメントです。よく歯周病原菌に効くといううたい文句で歯磨き剤が売り出されていますが、むし歯予防に効くフッ素入り歯磨き粉やクロルヘキシジンジェルを除いて、ある薬用成分を含む歯磨き剤がむし歯や歯周病に効くといったことがヒトを対象にしたコントロールをもつ長期研究によって確認されたものは世界に1つもありません。
歯科治療費の高い欧米では、こうしたことから定期的なチェックとクリーニング(いわゆる定期検診)が常識となっています。
次に、こうした定期検診が常識となった根拠のひとつと思われる研究をみてみましょう。これは、治療後、定期検診を30年間つづけたらどれくらい歯が残るのかという有名な研究です。下図をみてください。
研究開始は1972年です。年齢によって1-3のグループに分けていますが、共通していえることは、どのグループも研究開始時において、むし歯や歯周病の発生は比較的少なく、したがって歯の喪失も少ない健康に近いひとびとが研究対象になっていることです。ここでは、あとで日本の現状と比較するため、36-50歳をあつめたグループ2についてみてみましょう。当初、残存歯数は25.8本でした。大人の歯は全部で28本ですから2本を失っていたことになります。
定期検診においては、問診によって生活状況に変化がないか、口腔内を染め出して、磨き残しはないか。
リスク部位に磨き残しがあればそこの歯ブラシ指導を行い、繰り返し口腔内の健康を保つ重要性を教育し、歯科衛生士が専門的に機械を用いて歯面清掃・研磨(PMTC)を行い、最後にむし歯予防のためにフッ素塗布を行いました。
30年たって、66歳から80歳になったグループ2の人の残存歯数がどうだったかというと、25.1本でした。
30年でわずか0.7本しか抜けていない計算です。
これに対し日本の現状はどうでしょう。下図を見てください。
研究終了とほぼ同時期の厚生省による全国調査である歯科疾患実態調査をみると日本人は、40歳で26.1本
歯をもっていますが、70歳になると11.4本しか歯を持たないことがわかります。40~70歳の残存歯数の差は実に15本となります。単純に、スウェーデンの30年の研究と比較することはできませんが、かたや、30年で0.7本しか抜けないスウェーデン。30年で15本抜ける日本ということであまりにも差が大きいことに気づくと思います。
また、抜歯の原因も、上図左下の円グラフのように日本では約7割がむし歯と歯周病ですが、
この30年の研究ではどうなっているでしょう。次を見てください。
今回注目しているグループ2の30年間の全抜歯本数72本のうち、むし歯と歯周病が原因の抜歯はわずかに7本、
約1割となっていることがわかります。つまり、お口の中がそんなに悪くないうちから、年に3-4回定期的に来院すれば、むし歯や歯周病で歯が悪くなることはほとんどないのではないかと思われます。
類似の研究結果は、ほかにも報告されています。
したがって、当院では、診療の基盤に担当歯科衛生士による定期検診を置いているのです。