ここでは、「よい入れ歯とは?」についてお話してみたいと思います。
私が思うよい入れ歯の条件は、
1)よくかめる。→動かない。歯の残存状態に影響。「受圧条件と加圧条件」
2)長持ちする。→壊れない。修理がきく。
3)見た目がよい。→義歯のバネとして、目立たないもの。
4)装着感がよい。→薄い。
5)食事がおいしい。→温度が伝わる。「温かいものは温かく、冷たいものは冷たく。」
よい入れ歯の条件
以下、一つ一つ見ていきましょう。
1)よくかめる。
ここでは、動かない入れ歯を作ることがポイントです。
なくなった歯をインプラントやブリッジで補う場合、歯があったときと同じようにかめるのは、それらが動かないからです。
また、義歯特有の悩みである、「入れ歯が外れる」、「土手が痛い」などは、入れ歯が動いてしまうから起こる悩みであることはすぐおわかりでしょう。
では、どうやって動かないように作るのでしょう。
ご承知のように通常入れ歯は、寝るときに外します。つまり、取り外しできるものが入れ歯ですから、インプラントやブリッジのように全く動かないようにすることは不可能です。
答えは、身近なところにあります。入れ歯をできるだけ動かないようにする原理は「茶筒にふたを戻す原理」と一緒です。茶筒のふたは、ある一方向からしか入りません。
そして、一旦入ってしまうと、その方向に抜こうとしない限り抜けない、つまり、動かせないわけです。
ですから、入れ歯を自費の金属製、コバルトクロム合金やチタン、ゴールドにしただけでは効果は得られません。その前のお膳立てが大切です。
茶筒に茶筒のふたを入れるたった一つの方向を、入れ歯を作る前に作らねばなりません。
これを義歯の着脱方向といいます。通常、入れ歯の型を取る前に、バネをかける歯をあらかじめ削っておいたり、冠を装着しておいて、この着脱方向をあらかじめ冠に設計しておくのです。(お膳立て)
さらに、入れ歯が動かなくなると、バネのかかる歯にも悪い力がかからないため、自分の歯も長持ちします。動く入れ歯に利点はありません。
しかし、歯の残存状態があまりにも悪いといくら残存歯にお膳立てをしても、動かない入れ歯を作ることができなくなります。
次に歯の残存状態、つまり「受圧条件と加圧条件」についてお話します。
入れ歯を入れるほうの顎(受圧側)で考えて見ます。
例えば、左図のように左右両奥歯と糸きり歯しかない残存歯が4本の場合と、その倍近い7本歯があるある場合では、どちらのほうが動かない入れ歯が作りやすいでしょう。
実は、左図ほうが作りやすいのです。これは、かむ力が入れ歯を通してどう伝わるかを考えることで理解できます。
左図のタイプの歯の残り方の人では、かむ力のほとんどを残存歯で負担することが出来ますが、右図のタイプのような方では、かむ力の多くを土手、すなわち、粘膜で負担しなくてはなりません。歯を指で押してもあまり動きませんが、粘膜は、簡単に動いてしまいます。
さらに、粘膜部にかみこむ対顎(加圧側)に多くの歯があれば自体はいっそう難しくなります。
これが、お膳立てをいくらしても、動かない入れ歯を作れない・作りにくい原因です。
こうした場合の対処法としてはインプラントの利用があります。もちろん、欠損全部にインプラントを多数入れてブリッジにすることもできますが、外科的侵襲や費用の問題がでてきます。患者さん自体が、入れ歯にもう慣れており、入れ歯自体に抵抗感が少ないのであれば、受圧条件を改善する最低限度のインプラントをいれることで、入れ歯の使い勝手を劇的に変えることが可能です。
2)長持ちする。
口の中は、ものをかむという作業場です。しかも、それには1年365日休みがありません。壊れない丈夫な入れ歯を作るためには、レジン製のもの(保険のいわゆるプラスチック製)より、金属製のものを使う必要があります。
さらに、長い使用期間の中には、歯周病が悪化したり、残存歯が折れたり、入れ歯が割れたり様々なことが起こります。「治療してよかった」とみなさんが思うためには
それが長持ちすることが必要ですから、修理しやすいことも大切な条件です。
修理しやすいことというと、入れ歯の材質もしかりですが、実はそれ以上に大切なものがあります。それは、術前の残存歯の予後の診断です。
私は、初診で来院された患者さんの治療計画を立てる際、歯の予後(長持ちの見込み)についても診断をし、書面でお知らせしています。
今の時点で抜歯しかないものを×
3-5年程度の予後しか見込めず、それ以降は疑問なものを△、
同様に7-10年程度の予後のものを○、
それ以上を◎という風に4段階でつけています。
そして、入れ歯を作る際に、予後△の歯がお口の中にある場合には、その歯は、3-5程度の寿命かもしれないと診断したわけですから、それが、将来だめになったとき(抜歯になったとき)でも、簡単な修理で済むように、初診時に入れ歯を作る段階からその準備をしておきます。
具体的には、バネを増やしておくことや、予後不安な歯には、あまり力をかけないことなどです。
こうすることで、トラブルが起こったときにも再度多額の費用をかけることなく、慌てずに修理で対処することが出来ます。
3)見た目がよい。
入れ歯の欠点として、口をあけたときにバネが見えてしまうことがあります。
笑ったときに、金属のバネがきらりと光るのは避けたいものです。
保険の入れ歯では、バネの形に制約があり通常笑うと見えてしまいますが、金属床義歯や、特殊なアタッチメント義歯では、バネを目立たなくしたり、まったく見えなくすることができます。
4)装着感がよい。
口の中は、髪の毛1本が入っただけでもわかる繊細な器官です。
そこに数cmから10cmを超える異物(入れ歯)を四六時中入れておくわけですから装着感は大切な条件です。
自費の金属床義歯では、保険のレジン床(いわゆるプラスチック製)義歯に比べ
その厚みを1/5程度にすることができます。
金属床義歯の材質は、非常に丈夫なコバルトクロム合金や、アレルギーの最も少ない金属であるチタンを用いて、かむ力に十分耐えうる強度を保ちつつ、0.5mmという薄さで作ることが可能です。シャープペンシルの芯の太さで十分なわけです。
また、義歯が薄くなることで発音しやすくなることや食事もしやすくなる利点も挙げられます。
5)食事がおいしい。
「入れ歯をいれて、食事が美味しくなくなった」と言われる方がおります。
おいしく食事をするための条件のひとつに
「温かいものは温かく、冷たいものは冷たく。」
感じられることがあります。
冷えたビールは、なま暖かいプラスチックのコップより、ガラスのコップのほうがおいしく感じるのは温度感覚のためです。
保険のプラスチックの義歯より、金属の義歯のほうが熱の伝導性がいいですし、義歯で粘膜を覆う面積が少ないため、より温度感覚がわかる義歯になります。
上顎やあげの部分(口蓋)には、味を感じる味蕾と呼ばれる器官があるため、そこはなるべく覆わないほうがよいのです。